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風立ちぬ菜穂子はいつ死んだ?最後のシーン生きてのセリフの意味を考察!

風立ちぬ菜穂子はいつ死んだ?最後のシーン生きてのセリフの意味を考察!
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こちらの記事では「風立ちぬ菜穂子は最後いつ死んだ?最後のシーン生きてのセリフの意味を考察!」と題してお送りしていきます。

ジブリ映画でも特に人気の高い作品「風立ちぬ」。

この映画は2013年に公開されたジブリ映画で戦争の中で生きていく男女の物語と共に「生きねば。」というキャッチコピーから生と死についても深く考えさせられる作品となっています。

主人公は飛行機を作るという夢を叶えるため奮闘する堀越二郎。

そして二郎が関東大震災にあった際、同じ汽車に乗っていた里見菜穂子を助けるところから二人のストーリーは始まります。

宮崎監督が描く初めての大人のラブストーリーというところでもこの映画はかなり注目され、大人の恋愛観を感じられるジブリ映画というところで一番好きという人も多いようです。

そして今回はその「風立ちぬ」の中でも主人公の菜穂子役にスポットライトを当てようと思います。

ネタバレになってしまうのですがこの「風立ちぬ」では堀越二郎の妻となった菜穂子が結核の病に倒れ、死を遂げてしまうのですがその最後のシーンについての疑問がいろいろ飛び交っているようです。

その疑問というのが菜穂子はいつ死んだのか?ということ。

そしてもう一つはラストのシーンで菜穂子が風邪と共に消えてしまう前に発した「生きて」というセリフの意味について。

この最後のシーンにはどうやら深い意味が隠されているようです。

この2つの疑問について今回は深く考えていこうと思います。

 

風立ちぬの菜穂子はいつ死んだ?

まず最初にお話ししていくのはこの「風立ちぬ」の作品のヒロインである堀越二郎の妻、菜穂子はいつ死んだのか?ということについてです。

まず先に「風立ちぬ」の結末を少しだけ先にお話しします。

結核で闘病中だった菜穂子と結婚した二郎が、菜穂子の病状を気にかけながらも戦闘機の設計に夢中になっており、菜穂子は自分の死期が近づきていることを察知していたので二郎が仕事に専念できるよう、いつも通り明るく振舞っていました。

そしてついに二郎の設計した戦闘機の試験飛行が行われることとなり、二郎は菜穂子とキスを交わし黒川家(住んでいた家)を後にします。

それが二人の最後のシーンとなりました。

二郎を見送った菜穂子は少し切ない表情を見せつつも、誰にも言わずに病院に戻ることを決意し、黒川夫人に「この辺りを散歩してきます。」と敢えて嘘を言って病院に戻っていくのでした。

そしてその頃、二郎は戦闘機は見事な飛行を見せ、試験飛行は驚きのスピード記録を出し、飛行試験は無事に大成功を収めます。

しかし、その飛行試験の最中、二郎は風が吹いたのと同時にふとした胸騒ぎを覚えるのでした。

問題はここの部分ですね。

この二郎の表情の後の詳しい情景は描かれていません。

その後のストーリーでは数年後、二郎が夢に現れたカプローニと会い、カプローニが二郎と菜穂子を会わせ、菜穂子が「あなた、生きて」と二郎に告げた後、風とともに消えてしまうシーンで物語は完結します。

この事から二郎が胸騒ぎを感じ、振り返った瞬間。

このシーンについて菜穂子の死が一体いつだったのかが皆さんの気になるところですね。

それには2つの意見があるようです。

 

風立ちぬの菜穂子が死んだのは二郎が零戦の試験飛行に成功した時

二郎の零戦の試験飛行が行われ大成功の中、胸騒ぎがして振り返り風が吹いた瞬間、その瞬間に死を遂げたという1つ目の意見。

確かにこの「風立ちぬ」はタイトルにもあったように最後まで愛しい人の元で全力で生きた菜穂子が最後”風”となって二郎の元に現れたというような表現にも捉えられますよね。

何と言っても二郎に風が吹いた瞬間の不安そうな表情が菜穂子の存在と嫌な予感を察知したかの様に見えました。

その演出は確かに”菜穂子が風となって去ってしまった”と考えられるようなシーン。

ただそうなると問題はこの試験飛行のシーンがいつ行われたかになります。

二郎が黒川家から試験飛行の出張に出る前に「しばらく泊まり込みになる。」と菜穂子に話していました。

そう考えると試験飛行が行われたのは菜穂子が病院に戻ってからしばらくしてからだった可能性もあります。

その場合菜穂子が死んだのは二郎を見送って数日後、もしくは1か月程経った後、二郎が試験飛行をやっている最中だったのかもしれません。

実際に二郎が出張に出かけてから試験飛行がすぐ行われたかと思うとある程度の準備期間は必要でしょうし、菜穂子が亡くなった瞬間は二郎が風を感じた瞬間ではあったものの、二人が最後に会った日から数日後であった可能性はあると思います。

ただどちらにしても、二郎が試験飛行場であの風を感じ振り返った瞬間が菜穂子の死んだ時なのではないかという考えでいる人が多いようです。

 

風立ちぬの菜穂子が死んだのは二郎が零戦の試験飛行に成功した後

ただ二郎が風が吹くのと共に胸騒ぎを感じたシーンにはもう一つ考察ができるのではないかと思います。

それは風が吹くという表現は菜穂子が亡くなったという表現ではなく『自分の元から去ってしまった』という表現だったと考えた場合です。

菜穂子が黒川家から去ってしまってすぐ汽車に乗る菜穂子のシーンからすぐに二郎の試験飛行のシーンに切り替わることからそう考えることもできるのではないでしょうか。

二郎は結核で亡くなることがわかった上で菜穂子と結婚をするほど菜穂子を愛していたのですから自分の元を去り、もう二度と会うことができないという悲しく辛い菜穂子の気持ちを敏感に汲み取ったという可能性はありますよね。

あの風が吹くシーンでは菜穂子はまだ死んではおらず、数週間後、もしくは数か月後に亡くなったということも考えられるのではないでしょうか。

どちらも考えられるシチュエーションだとは思いますが個人的には菜穂子が汽車に乗った後、すぐに試験飛行のシーンに切り替わっていたので、二郎が風を感じた瞬間には菜穂子は死んでおらず自分の元を去ったという表現だったのではないかと思います。

風が吹いたことで菜穂子が亡くなっていたとしたら、汽車に乗って生きている菜穂子のシーンからあまりにも展開が早すぎて少し私は違和感を感じるからです。

ただジブリ映画ではよく話題になることですが、宮崎駿監督の映画に対しての意図や考え方は、あくまでその映画を観た人がどう感じ、どう考えてくれるかを大切にされているそうです。

なので宮崎監督の中に正解があるにしても、特にそれが絶対の正解というわけではなく、映画を観た人がその人なりの解釈してくれればそれが正解であるのではないかと思います。

そんなところがジブリ映画の何度でも観れてしまう面白さでもありますよね。

 

風立ちぬ菜穂子の最後シーン生きてのセリフの意味とは?

「風立ちぬ」の一番最後のシーンでこの様なシーンがあります。

二郎が夢の中でカプローニと会っている時、菜穂子と再会し、菜穂子は二郎にこう語り掛けます。

「あなた、生きて。」

これがまさにこの風立ちぬの名場面で、このシーンが印象深いという人も多いのではないでしょうか。

そしてやはりこのシーンを振り返ってみるとこの映画で一番伝えたかったことがこの言葉にすべて詰まっている気がします。

二郎や菜穂子が戦争の時代を生き、またその中で二郎は零戦の設計でいろいろな経験をしつつも菜穂子という大切な人を失うというさらに辛い思いをしました。

そして菜穂子も結核という死を覚悟しなければいけない病気と闘いつつ辛い思いをしつつも、愛する人の側で最後まで全力で生きた、そんなそれぞれが大変な時代を大変な思いをしながらも一生懸命生き抜いてきたこと。

そしてどんなに辛い状況であったとしても今を精一杯生きなければいけない、また生きて欲しいという、まさにこの映画のキャッチコピーである「生きねば。」の意味を直接伝えた表現のように思えます。

また宮崎監督もこの映画を観た人に辛い状況、大変な時があっても生きて欲しいという強い思いを見てくれた人に伝えたかったのではないでしょうか?

そう考えるとこの菜穂子の「生きて。」という言葉は短い言葉ではありますがこの「風立ちぬ」の映画にとってとても重要な一言だったように思えます。

この一言が例えば「あなた、ありがとう。」などの言葉であったらかなりこの映画のメッセージ性の強さが変わってきますよね。

この一言にこれだけの重みと意味を持たせられる宮崎監督はやはりすごいですね。

 

風立ちぬ菜穂子の最後生きてのセリフは「来て」になる予定だった?!

実は先ほどお話ししたこの菜穂子の「生きて。」というセリフ、初め映画を作り始める頃には「あなた、来て。」というセリフだったそうです。

このセリフ、実はすでに一度菜穂子が二郎に言ったことのあるセリフで二郎と菜穂子が結婚し、初夜を迎える時に菜穂子が二郎に夜の営みを誘うシーンでこう語り掛けています。

この言葉を2回重ねることで二郎と菜穂子はどんなに辛い時でも愛を貫き、生涯共に生きたという表現になり、それはそれで美しい最後にはなると思うのですが、この結末ではカプローニも菜穂子も二郎も全員が死んでしまったという最後になってしまいます。

しかしそれは本当に正しいのか・・・

この最後のセリフについてジブリ映画監督の宮崎駿監督が考え抜いた結果、「生きねば」がテーマのこの映画には「あなた、生きて。」の方がふさわしいと思い、アフレコ前日にセリフを「あなた、来て。」から「あなた、生きて。」に変更したそうなんです。

そのことは二郎を演じた庵野さんと鈴木敏夫プロデューサーががアフレコ後のインタビューで「死から生への変換が本当によかった!」と語っていました。

またあの最後のシーンでカプローニも「君は生きねばならん。」というセリフがあるのですが当初その言葉もなく、無言で見守るカプローニという設定だったそうです。

この二つの言葉の変更は「風立ちぬ」の意味を本当に大きく変えてくれました。

主人公たちが全員死んで終わるのか。

一人でも頑張って生き抜いたのでは全然ストーリーのメッセージが変わってきますよね。

戦争時代、生きたくても生きられなかった人が多くいる中でそのラストが全員死んでしまうのでは希望がありません。

二郎が菜穂子の分まで辛い中でも人生を生き抜き全うしたというところにこの映画「風立ちぬ」の「生きねば。」の意味が伝わってきますし、観ている人も少しほっとした気持ちで終われるのではないでしょうか。

本当にこの最後のシーンでセリフの変更があって良かったですね。

 

風立ちぬ菜穂子の最後の生きてのセリフと主題歌ひこうき雲との関係

もう一つ、この最後の言葉「あなた、生きて。」の意味には松任谷由実さん歌う主題歌「ひこうき雲」との関係性を感じることができます。

この「ひこうき雲」ですがまさにこの歌詞の内容をみてみると「風立ちぬ」のために書かれたのではないかと思うくらい歌詞がハマっているんですよね。

空に憧れて 空をかけてゆく あのこの命はひこうき雲

まさに風と共に去ってしまった菜穂子の命と生涯をかけた自分の夢である飛行機の設計士二郎にドンピシャな歌詞ですよね。

しかし、この曲、実は松任谷由実さんの実体験である友人の死について書かれていることはご存知でしょうか?

この曲は松任谷さんが高校3年生だった頃、近所の団地で起きてっしまった高校生の飛び降り心中により、小学校の頃の同級生が高校1年生の時に病気で亡くなった友人のこと思い出し書かかれた曲なんです。

そしてこの「ひこうき雲」の凄いなと思うところは、その死について考えた時に友人を亡くしてしまった自分の悲しい思いを書いた曲ではなく、亡くなった友人の目線からこの曲を書いているという点です。

高いあの窓で あの子は死ぬ前も
空を見ていたの 今はわからない
ほかの人には わからない
あまりに若すぎたと ただ思うだけ
けれど しあわせ

この歌詞を見ると亡くなった周りの人からすると可哀想と思ってしまう死も、亡くなる本人からすると自分の生涯をしっかりと生き抜き、幸せだったのではないかという風に友人が亡くなったことは残念だったけれどもその死を肯定しているような感じに捉えることができますよね。

亡くなった友人の幸せがきちんとそこには存在しており、亡くなったことを否定的に捉えるのではなく生き抜いたことを前向きに捉えたこの最後の「しあわせ」にはそんな意味が込められているのではないでしょうか。

この曲は1973年に書かれたもので、「風立ちぬ」の映画が公開された2013年よりもずっと前に書かれた曲なのですが、この出会いは運命的でこの死への肯定と生き抜くことが大切と伝えているこの2つの作品のメッセージの相似にはなんだか感動してしまいますよね。

だから「風立ちぬ」の中で流れる「ひこうき雲」は聴いていてとても心地良いのかもしれません。

 

まとめ

今回こちらの記事では「風立ちぬ菜穂子はいつ死んだ?最後のシーン生きてのセリフの意味を考察!」と題してお送りしてきました。

ジブリ映画の中でも大人の恋愛を描いた珍しい作品である「風立ちぬ」は多くの人に愛された作品です。

その「風立ちぬ」の中でも今回は特にその菜穂子の最後のシーンで菜穂子はいつ死んだのかということと最後のセリフ「あなた、生きて。」の意味について深く考えお伝えしてきたのですが菜穂子の死んだタイミングには2つのパターンが考えられること。

そして「あなた、生きて。」の意味には辛い状況であっても強く生き抜いていくことの大切さを伝えたメッセージが込められているのではないかということがわかりました。

生と死について本当に考えさせられるこの映画ですが最後は生き抜くという「生」のメッセージで終わっているので、死という存在がずっと近い場所にあるこの映画にも最後は希望の光を感じることができます。

だからこそこの「風立ちぬ」は何度でも観たくなってしまうのですね。

あなたもぜひこの「風立ちぬ」を観てみてください。

落ち込んだ時には何か『新たな生きる力』を貰えるかもしれません。